<国際空港がある都市から真の国際都市へ>

<国際空港がある都市から真の国際都市へ>

明けましておめでとうございます。
1期4年の任期も残り3ヶ月。
私は3つのスローガンを掲げ、4年前に市議会議員に立候補しました。
4回目の大晦日、自分のこれまでの活動をしみじみ振り返ってみました。
4年前の選挙用チラシをご紹介します。
①英語を話せる成田市民になろう
『日本をおとずれた彼らが「成田市民は英語が話せる」「みんながとても温かく接してくれた」という評判をSNSで発信してくれたら、羽田空港の利便性に負けない独自性を出せると思います。せっかく「成田山」という歴史あるお寺や美しい里山・田園風景を持ちながら東京への通過町ではあまりにも、もったいない。』
スローガンにあげた「無料英会話構想」は実現しませんでした。
しかし、「おもてなし英語 in Narita」という形で、成田市の47人のALTたち25人、延べ30人が、成田市民のために協力してくれています。
しかしながら、英語活用は国際化のほんの一部分のことで、現在、私は「多文化共生」推進という形で、国際都市づくりを目指しています。
③子どもたちに選択権をあげよう
『社会が多様化する中、こどもたちの放課後の過ごし方にもいろいろな形が生まれてきています。スポーツ・芸術・勉強など、その子にあった環境が必要です。』
私は、文科省が「地域部活動」を提案する前から、学校教育と放課後の子どもたちの活動を切り離して、地域で子どもを育てることを考えていました。
現在は、バレーボール教室という形を通して、小学校1年生から中学2年生までの子どもたちを預かっています。
小中学生の子どもたちと接していると、バレーボールに限らず、色々なスポーツ、芸術鑑賞などの体験をする機会が必要だと、ますます思うようになりました。
放課後子ども教室の拡充、赤坂地区の再開発にプレイパークの常設、芸術鑑賞ができる中規模の劇場建設など、子どもたちの未来につながる施設を充実することが一番大切だと思います。
②介護する人もケアしよう
私は成田市の「福祉介護」及び「介護する人のケア」はかなり充実していると感じているので、積極的な活動はしてきませんでした。
私がこの4年間で本当に感じたことは、お年寄りの福祉介護問題、子育て支援はもちろん重要課題だけれど、子どもたちが自分の活動を自由に選択できる環境作りが足りていないということです。
成田に愛着を持ち、成田で活躍したい、成田に住み続けたいと思える若者を育て、さらに外国人人財の積極的な活用をからめれば、若者人口の増加につながり、国際都市成田の発展につながると思います。
若者がいなくなってしまっては、街自身が老老介護の街と化してしまうのです。